テートブリテンで「ターナー&コンスタブル」展を観てきました。
ターナー、コンスタブルとも風景画
特に夕焼けや朝陽の表現が天才的にうまいので
これらの作品をブログで主に取り上げました。
この展覧会に刺激を受けて
夕焼け水彩チャレンジ!
なんか山火事のように見えなくもないんですが…😂
これはコンスタブルの作品
この展覧会のハイライトだった
手のひらに収まるくらいの小さなスケッチブックに描かれた
ターナーの夕焼け風景画
ため息が出るほどの美しさでした✨
スケッチブックの大きさからして
現場でそのまま描いたようです。
天才しかできん!!!
これはターナーの後期の
ささっと描かれた水彩画
J.M.W ターナーはジョン コンスタブルと1歳違いの生まれですが
ターナーが一歳年上
生まれ育ちや絵画の学び方
絵画のスタイルも対称的です。
ターナーは当時労働者階級の住居地だった
コベントガーデンで床屋の息子として生まれました。
ターナー20代前半の頃の自画像
裕福な家庭ではありませんでしたが
早くから息子の才能を見抜いた父親は
息子の作品を床屋に展示して
買い手やパトロンを取り付けたり
絵のレッスンを受けさせたりと
支援を惜しみませんでした。
経済事情から早くから絵で身を立てなくては
いけないことを自覚していたターナーは
十代でロイヤルアカデミーに入学を認められ
勉強する傍ら
一般販売向けの水彩画の模写や
建築家の設計技師の助手を務め
生活の糧としてだけではなく
絵の技術を磨く機会にもなりました。
ターナー初期の作品ですが
技術がすごすぎるーーー!!!
コンスタブルよりもはるかに長生きした
結果、多数の作品を生み出しました。
一方、サフォーク州の由緒ある家庭に生まれた
ジョン コンスタブルは
画家などという安定しない職業に
保守的な家族は懸念を示していましたが
家が裕福であることから
しぶしぶ息子が絵画を学ぶための
経済支援をしていました。
コンスタブル自画像
特に経済的なプレッシャーがないので
コンスタブルは大好きな田園風景を描くことに
主に専念していました。
結果、ロイヤル アカデミーに入学した年や
ロイヤル アカデミーの会員として認められたり
当時のマスコミに取り上げられたのも
ターナーと比較してもっと年齢を重ねてからでした。
ターナーほどは長生きしなかった結果
残した作品数もターナーの半分以下です。
と二人の人生を振り返ってみて
野心の度合いに大きな違いがあるように感じられました。
これは生まれ育ちや
親の支援の仕方などの
違いからきたのか、
としみじみ考えさせられました。
特にたくさん作品を生み出したからよいと
いうのではなく
各アーティスト独自のスタイルを持っています。
ただ絵のスタイルが次々に変化して
多様な技術を軽やかに表現し
イギリス国外でも有名になったのはターナーの方です。
展示数が多かったのでブログに載せる数を絞りましたが
二人の巨匠の画家としての成長過程を比較するのに
とても勉強になった展覧会でした♬







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